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東京地方裁判所 平成9年(ワ)10478号 判決 1998年4月14日

原告

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

宮﨑清貞

右訴訟代理人弁護士

山分榮

島田耕一

被告

更生会社株式会社法華倶楽部管財人

嶋田哲夫

被告

小杉丈夫

右両名訴訟代理人弁護士

片山英二

森島庸介

西山宏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の各建物を明け渡せ。

二  原告が更生会社株式会社法華倶楽部に対し別紙届出債権目録記載の更生債権を有することを確認する。

第二  事案の概要

一  請求原因

1  鹿児島ビルの賃貸

原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「鹿児島ビル」という)を所有している。原告は株式会社法華倶楽部(以下「法華倶楽部」という)に対し、昭和四五年六月二六日、鹿児島ビルを以下の約定で賃貸した。

(一) 賃料 以下の①及び②の合計額

① 定額賃料一か年分

初年度 二〇六六万六四〇〇円

第二年度 二一二一万〇〇〇〇円

第三年度 二五七四万六〇〇〇円

第四年度 二八八七万八〇〇〇円

第五年度 三四五〇万一二〇〇円

第六年度 三七二六万八一六〇円

第七年度 四〇〇三万五一二〇円

第八年度 四二八〇万二〇八〇円

第九年度 四五五六万九〇四〇円

第一〇年度 四八三三万六〇〇〇円

② 法華倶楽部の年間総売上高の0.8パーセントの割合による金員(売上歩合制賃料)

(二) 支払方法 前項の①及び②につき、それぞれ以下のとおり原告に支払う。

① 定額賃料の一二分の一相当額を月額賃料とし毎月二〇日までに支払う。

② 期末後二か月以内に金額を算定して支払う。

(三) 使用目的 ホテル及びこれに付随する業務のみに使用する。

(四) 賃貸借期間 鹿児島ビル引渡しの日から満一五か年とし、期間満了六か月前までに法華倶楽部が原告に対し書面により申し出たときは、原告と法華倶楽部は協議して期間を延長することができる。

(五) 管理共益費等 賃料のほか電気代、水道代、冷暖房費等の実費及び管理共益費(明細については別途定める)を毎月二〇日までに原告に支払う。

(六) 特約 法華倶楽部が賃料等の支払を二か月分以上怠ったときは、原告は催告を要せずただちに本契約を解除することができ、契約解除等により契約が終了しても法華倶楽部が鹿児島ビルを明け渡さないときは、法華倶楽部は原告に対し、契約解除の翌日から明渡済みまで賃料相当損害金として賃料の倍額を支払う。

原告は、昭和四六年九月六日、法華倶楽部に対し、鹿児島ビルを引き渡すと共に、法華倶楽部との間で、賃貸面積を別紙物件目録一記載のとおりとすることに合意した。

その後、原告は法華倶楽部との間で、次のとおり合意した。

(一) 昭和四九年四月一日、前記(五)記載の管理共益費を月額七四万一〇〇〇円とし、賃料と同様の支払方法にて原告に支払う。

(二) 昭和五七年二月二二日、法華倶楽部が鹿児島ビルに看板を掲出する掲出料として原告に月額一万二〇〇〇円を支払う。

(三) 昭和五七年四月二日、前記(一)②記載の売上歩合制賃料を昭和五六年九月六日分から廃止する。

(四) 平成三年九月六日、賃料を月額四一六万六六六〇円(消費税は別途法華倶楽部が負担する)、賃貸借期間を同日から平成一三年九月五日までとする。

(五) 平成四年八月五日、駐車台数を一二台とし、駐車料を月額一〇万円とする。

(六) 平成五年九月一日以降の管理共益費の額を月額一七八万六一二〇円(消費税は別途法華倶楽部が負担する)とする。

2  仙台ビルの賃貸

原告は、別紙物件目録二記載の建物(以下「仙台ビル」という)を所有している。原告は法華倶楽部に対し、昭和五九年四月一六日、仙台ビルを以下の約定で賃貸した。

(一) 賃料 初年度から第一〇年度まで年額として仙台ビル建設費に一定の比率を乗じた金額に一五八〇万円を加えた額(別途覚書にて取り決める)とし、第一一年度以降は原告と法華倶楽部の間で協議する。

(二) 支払方法 前項の賃料の一二分の一相当額を月額賃料とし、毎月二〇日までに支払う。

(三) 使用目的 ホテル及びこれに付随する業務のみに使用する。

(四) 賃貸借期間 引渡しの日から満二〇年とし、期間満了一年前までに原告及び法華倶楽部のいずれからも文書による別段の意思表示がないときは賃貸借期間をさらに五年間延長する。

(五) 特約 法華倶楽部が賃料等の支払を二か月以上怠ったときは、原告は催告を要せずただちに本契約を解除することができ、法華倶楽部は解除の日に解除の翌日から賃貸借期間満了日までの賃料累計相当額を支払う。

原告は、昭和五九年四月一六日、法華倶楽部に対し、仙台ビルを引き渡した。

原告は、昭和五九年六月一三日、法華倶楽部との間で前記(一)の年額賃料を以下のとおりとすることに合意した。

初年度

二億〇〇九五万七〇〇〇円

第二年度

二億〇〇九五万七〇〇〇円

第三年度

二億〇〇九五万七〇〇〇円

第四年度

二億二四六六万六〇〇〇円

第五年度

二億四八三七万五〇〇〇円

第六年度

二億七二〇八万四〇〇〇円

第七年度

二億九五七九万三〇〇〇円

第八年度

三億一九五〇万二〇〇〇円

第九年度

三億四三二一万七〇〇〇円

第一〇年度

三億六六九二万〇〇〇〇円

原告と法華倶楽部は、数次にわたり仙台ビルの賃料を変更する旨合意したが、平成六年六月二〇日付けで、同年四月一六日から賃料を月額二〇二三万五一〇〇円(消費税は別途法華倶楽部が負担する)とすることに合意した。

3  賃料不払による催告解除

(一) 法華倶楽部は、平成九年一月二六日に京都地方裁判所に会社更生手続開始の申立てを行い、同日付けで一月二六日までの原因に基づいて生じた債務の弁済を禁止する旨の保全処分が命じられた。右事件は東京地方裁判所に移送され平成九年一月二八日付けで弁護士小杉丈夫が保全管理人に選任された。

(二) 法華倶楽部は平成八年一一月分から鹿児島ビルの賃料等を支払わなかったので、原告は平成九年二月三日、法華倶楽部保全管理人(以下「保全管理人」という)に対し、内容証明郵便で以下の未収賃料等合計二二五四万三七五九円から仮受金一〇八万五四六四円を控除した二一四五万八二九五円を同書面到達後一五日以内に原告に支払うよう催告し、右期日内に支払がないときは鹿児島ビルについての賃貸借契約を解除する旨の意思を予め表示した。

① 平成八年一一月分

合計七四六万五〇一二円

賃料

四一六万六六六〇円

駐車場料

一〇万〇〇〇〇円

看板掲出料

一万二〇〇〇円

右に対する消費税

一二万八三五九円

管理共益費

一七八万六一二〇円

右に対する消費税

五万三五八三円

光熱水道費

一二一万八二九〇円

② 平成八年一二月分

合計八一四万六五〇四円

賃料

四一六万六五〇四円

駐車場料

一〇万〇〇〇〇円

看板掲出料

一万二〇〇〇円

右に対する消費税

一二万八三五九円

管理共益費

一七八万六一二〇円

右に対する消費税

五万三五八三円

光熱水道費

一八九万九七八二円

③ 平成九年一月分

合計六九三万二二四三円

賃料

四一六万六六六〇円

駐車場料

一〇万〇〇〇〇円

看板掲出料

一万二〇〇〇円

右に対する消費税

一二万八三五九円

管理共益費

一七八万六一二〇円

右に対する消費税

五万三五八三円

光熱水道費

六八万五五二一円

(三) 法華倶楽部は平成八年九月分から仙台ビルの賃料等を支払わなかったので、原告は平成九年二月三日、保全管理人に対し、内容証明郵便で平成八年九月から平成九年一月分までの未収賃料等合計一億〇四二一万〇七六五円(一か月分の賃料二〇二三万五一〇〇円及び消費税六〇万七〇五三円・合計二〇八四万二一五三円の五か月分)を同書面到達後一五日以内に原告に支払うよう催告し、右期日内に支払がないときは仙台ビルについての賃貸借契約を解除する旨の意思を予め表示した。

(四) 前記(一)(二)記載の内容証明郵便は、それぞれ平成九年二月四日に保全管理人に到達したが、保全管理人は到達日の一五日後である同月一九日を経過しても各請求額を支払わなかったので、鹿児島ビル及び仙台ビル(以下「本件各ビル」という)についての賃貸借契約は解除された。

4  催告の有効性

前記の催告は保全処分が命じられた後にしたものであるが、解除権発生の要件として有効な催告である。会社更生の目的は、債権者、株主その他の利害関係人の利害を調整しつつ、その事業の維持更生を図ることであり、保全処分は更生会社にとって必要な財産を管理し、将来の会社事業を維持するために命じられるものである。したがって、保全管理人は右法律の目的に従い職務を執行すべきであり、そのために金銭の支払が必要であれば、裁判所に対し許可を求めればよいのである。本件においては、本件各ビルの借家権は事業の継続維持のために必要な財産であるから、右各ビルの賃料の支払は、更生開始決定前と決定後とを問わず共益債権の支払にあたり、右賃料を支払うことは保全管理人の義務である。

被告らが主張するように、保全処分が命じられれば債務者は支払ができず、催告の効力もなく解除もできないという考え方を進めれば、右保全処分は同一であり会社更生開始決定により質的変化をすることはないから、更生管財人が全く賃料の支払をしない場合でも債権者は解除できないことになり、更生会社は賃料を支払わなくても建物を使用できることになる。このように義務の履行をしないことで会社を更生させようとすることは民法一条の趣旨に反し、認められるべきではない。

5  損害

(一) 保全管理人は、鹿児島ビルの賃料等として原告に対し、以下の金員を支払った。

平成九年二月二〇日

八一六万八七四九円

平成九年三月一九日

七九三万〇四三九円

平成九年四月一八日

八一二万四二一六円

合計二四二二万三四〇四円

原告はこれらを以下のように充当した。

平成八年一一月ないし平成九年一月分未収賃料等

合計二一四五万八二九五円

平成九年二月一日から解除日である同月一九日までの日割分

未収賃料等 二九一万二一九七円

(消費税八万四八二一円を含む)

未収共益費 一二四万八三七〇円

(消費税三万六三六〇円を含む)

駐車料金 六万九八九二円

(消費税二〇三四円を含む)

看板掲出料 八三八六円

(消費税二四四円を含む)

光熱水道費 一九二万二〇二七円

合計六一六万〇八七二円の一部

これにより、未収賃料等は平成九年二月一日から同月一九日までの日割分の一部三三九万五七六三円となった。

(二) 保全管理人は仙台ビルの賃料として、原告に対し以下の金員を支払った。

平成九年二月二〇日

二〇八四万二一五三円

平成九年三月一九日

二四二〇万三七八九円

平成九年四月一八日

二一二四万六八五五円

合計六二二九万二七九七円

原告はこれらを以下のように充当した。

平成八年九月ないし一一月分未収賃料等 合計六二五二万六四五九円

平成八年一二月分未収賃料等の一部

二三万三六六二円

この結果、未収賃料等は平成八年一二月分一七〇七万五八一五円、平成九年一月分二〇八四万二一五三円及び同年二月一日から同月一九日までの日割分一四一四万二八九〇円の合計五二〇六万〇八五八円となっている。

(三) 仙台ビルの賃貸借契約については、解除の際の約定損害金の特約があるが、解除の翌日である平成九年二月二〇日から賃貸借期間満了日である平成一六年四月一五日までの月額二〇二三万五一〇〇円の割合による賃料累計相当額は合計一七億三六六〇万五一八九円となる。

(四) したがって、原告の本件各ビルの賃貸借契約解除に基づく損害賠償債権は、前記3(一)(二)(三)の合計一七億九二〇六万一八一〇円となるが、被告らは平成九年五月から平成九年一一月まで毎月本件各ビルの賃料相当額を原告に対して支払ったので、残額は一五億三九三九万三七五一円になる。

(五) 平成九年七月八日午後五時に法華倶楽部に対し、会社更生手続開始決定がなされ、弁護士小杉丈夫及び嶋田哲夫が管財人に選任された。原告が右更生手続において、別紙届出債権目録記載の債権を届け出たところ、被告らから平成九年一二月三日債権調査期日において全額異議が申し立てられた。被告らは、現在も本件各ビルを原告に明け渡さないまま占有使用を継続している。

6  結論

よって、原告は、被告らに対し本件各ビルの明渡し並びに原告が更生会社株式会社法華倶楽部に対する仙台ビルの賃貸借契約解除に基づく損害賠償として一七億九二〇六万一八一〇円の残額一五億三九三九万三七五一円の更生債権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実は認める。ただし、売上歩合制賃料は初年度から第五年度まではこれを適用しない旨の定めとなっていた。また、平成八年九月六日以降の賃料は原告と法華倶楽部で協議の上、別途決定することとなっていたが、決定に至らず、法華倶楽部は従前同様の額の支払を継続していた。

2  請求原因2記載の事実は認める。

3  請求原因3(一)記載の事実は認める。同(二)及び(三)のうち、原告が保全管理人に対し、内容証明郵便をもって、原告が主張する内容の通知を行ったことは認めるが、その余は否認する。同(四)のうち、右内容証明郵便が保全管理人に到達したこと及び保全管理人が平成九年二月一九日までに原告の請求額を支払わなかったことは認めるが、その余は否認する。

4  請求原因4記載の事実は否認する。

5  請求原因5(一)及び(二)のうち、保全管理人が本件各ビルの賃料等として、原告主張の各金額の支払をしたことは認めるが、その余は否認する。同(三)は否認する。同(四)のうち、被告らが平成九年五月以降、原告に対し、毎月本件各ビルの賃料相当額を支払っていることは認めるが、その余は否認する。同(五)は認める。

三  被告らの主張

1  平成八年一二月までの賃料等不払の事実の不存在

(一) 法華倶楽部は、次のとおり、平成六年八月分から一一月分の賃料合計一億〇〇五三万五二四八円については、原告に対し送金を停止した。

一か月分の賃料

鹿児島ビル賃料四一六万六六六〇円

右消費税 一二万四九九九円

仙台ビル賃料二〇二三万五一〇〇円

右消費税 六〇万七〇五三円

合計 二五一三万三八一二円

平成六年八月分ないし一一月分の賃料

合計一億〇〇五三万五二四八円

(二) 法華倶楽部が右賃料の送金を停止した経緯は以下のとおりである。

法華倶楽部は原告との間に保険契約を締結していたが、平成六年八月ころから右保険契約を解約することを原告に申し入れており、右解約による解約返戻金は約一億五〇〇〇万円に上る予定であった。他方で当時、法華倶楽部は原告に対し、平成三年一二月二五日付け金銭消費貸借契約に基づく借入金債務を負っており、その返済条件は次のとおりであった。

借入金額 九億円

元本返済方法 毎月末日限り以下の金員を支払う。

平成四年一二月から平成七年一一月まで 各二〇〇万円

平成七年一二月から平成一〇年一一月まで 各五〇〇万円

平成一〇年一二月から平成一三年一一月まで 各一八〇〇万円

利息支払方法 毎月末日に一か月分を前払する。

平成六年八月当時、法華倶楽部は同年六月分までの返済を終えており、残元本は八億六二〇〇万円であった。

法華倶楽部は前記保険契約を解約するにあたり、原告に対し、解約返戻金を月々発生する本件各ビルの賃料並びに前記借入金の月々の元金利息の支払に順次充当するよう求めた。この方法によった場合、月々の賃料の合計は二四四〇万一七六〇円、借入金の月々の返済は元本利息合わせて五六〇万円程度であったから、平成六年八月分から同年一二月分までの賃料は右解約返戻金から充当され、この間は賃料の送金をせずに済む計算であった。これに対し、原告は解約返戻金を前記の貸付金の平成六年七月分から平成八年九月分までの元本八四〇〇万円及び利息に充当し、二七〇八万八八七五円を仙台ビルの賃料及び鹿児島ビルの賃料共益費に充当するよう主張した。

そこで、法華倶楽部は原告に対し、本件各ビルの平成六年八月ないし同年一一月の四か月分の賃料については支払を猶予することを条件として、解約返戻金を前記貸付金の元利金返済に充当することに応じると申し入れた。原告と法華倶楽部は融資金の返済条件について交渉の上、右の条件をつけて合意し、平成六年一二月下旬に保険契約を解約した。解約返戻金からは、融資金の元本七七九五万円(平成六年七月から一一月までの約定元本一〇〇〇万円と繰上げ償還されることになった六七九五万円の合計額)と利息七五七八万五四四九円(平成六年八月一日から平成八年七月末日までの分)が控除され、残金が法華倶楽部に入金された。

(三) 法華倶楽部はその後、平成六年一二月分からは賃料の送金を再開し、平成八年一二月分まで原告の請求に従い、支払をしている。したがって、請求原因3(二)及び(三)記載の賃料不払の事実はない。

ただし、平成九年一月分の賃料については、保全処分を命じられたことにより一月一日から一月二六日までの日割分として次のものが未払となっている。

鹿児島ビル分(税込み)

一七四八万〇五一七円

仙台ビル分(税込み)

三五九万九四五七円

合計二一〇七万九九七四円

(四) なお、保全管理人が原告に対し、平成九年二月二〇日、同年三月一九日、同年四月一八日に支払った金員は、それぞれ本件各ビルの平成九年二月分、同年一月二七日から同月三一日までの日割分及び同年三月分、同年四月分の賃料等に充てられるべきものである。原告は、保全管理人からの右支払を平成九年一月二六日以前の未払賃料等に充当した旨主張するが、一月二六日以前の未払賃料は保全処分を命じられたことにより弁済を禁止されたものであり、保全管理人は右支払を行うに当たり、原告に対して一月二七日以降の賃料分であることを明示した上、これを一月二六日以前の賃料に充当しないよう通知している。

2  催告の無効

原告は解除の前提として平成九年二月三日付け各内容証明郵便により、未払賃料を支払うよう催告した旨主張する。

しかし、右各内容証明郵便による支払の催告は、原告が保全処分が命じられたことを知りつつしたものであり、保全処分により弁済を禁止された債務の支払を求めるものである。原告の右催告は、催告に応じない場合の賃貸借契約の解除をあらかじめ表示することにより、本来、債権者間での公平な満足に甘んずべき会社更生申立て以前の賃料債権について、抜け駆けで回収しようとするものであって、保全処分の趣旨に反するものである。

したがって、保全処分により弁済を禁止された賃料債務について原告が行った催告は、賃貸借契約解除の要件としての有効な催告とは言えないというべきであり、このように有効な催告を欠く解除の意思表示は効力を生じないものというべきである。

3  信頼関係を破壊すると認めるに足りない事情

賃借人に賃料の不払があったとしても、それが諸般の事情から賃貸借契約当事者間の信頼関係を破壊するに足りないときは、賃貸人の解除権の行使は信義則に照らし許されない。

(一) 法華倶楽部が送金停止をしていた平成六年八月ないし一一月分の賃料については前記1のとおり、賃料の未払には当たらない。仮に右賃料の全部または一部が未払となっていたとしても、それは原告が解約返戻金を期限未到来の貸金に充当したために生じたもので、原告が期限前に貸金を回収するため賃料を棚上げしたものと考えられるから、法華倶楽部が賃料を延滞していたことにはならない。

(二) 平成九年一月一日から同月二六日までの日割賃料が未払となっているのは、前述のとおり保全処分により弁済が禁止されたためであり、またこれによる未払は一か月に満たないものである。

(三) 本件各賃貸借契約に基づき法華倶楽部から原告に対し、鹿児島ビル分として一二〇〇万円、仙台ビル分として二億〇〇九五万七〇〇〇円の敷金が差し入れられている。原告は被告らに対し、平成九年八月八日発送の内容証明郵便による右敷金返還債務と賃料相当損害金とを対当額において相殺する旨の通知を行っている。

(四) 本件各ビルでは現在もホテル営業を継続し、鹿児島ビルで四二名、仙台ビルで一三六名の従業員が勤務しており、賃貸借契約解除によりホテル営業を廃止することになれば、従業員の生活を脅かし、予約客、取引先に与える損害も計り知れない。また、法華倶楽部は現在会社更生手続中であり、右ホテル閉鎖が会社更生手続に与える悪影響は甚大である。

(五) 被告らは会社更生申立て後の賃料については支払を継続しており、未払はない。法華倶楽部については既に会社更生手続開始決定がなされ、開始決定後の賃料は共益債権として保護されている。

(六) 原告は、本件各賃貸借契約が解除されたとする平成九年二月一九日以降も、保全管理人に対し文書にて平成九年三月分として賃料を請求し、受領している。かかる行為をしながら、一方で解除を主張するのは信義則(禁反言の法理)に反する。

以上の事情に照らせば、原告と被告らの間には信頼関係を破壊すると認めるに足りない事情があり、原告の解除権の行使は信義則に照らし許されない。

第三  当裁判所の判断

一  賃料等未払の事実の有無及び金額

原告は、平成九年二月三日に保全管理人に対し本件各ビルの未払賃料等の支払の催告をした当時、鹿児島ビルについては平成八年一一月分以降、仙台ビルについては同年九月分以降の賃料等が未払であり、鹿児島ビル分については仮受金が一〇八万五四六四円あった旨主張するのに対し、被告らは、平成六年八月分から同年一一月分までの本件各ビルの賃料(合計一億〇〇五三万五二四八円)の支払は猶予されており、同年一二月分から平成八年一二月分までの右各ビルの賃料等は支払済みである旨主張する。原告の右主張によれば、平成八年一二月分までの未払賃料等の額は、鹿児島ビル分が一四五二六〇五二円(平成八年一一月及び一二月分の賃料等合計一五六一万一五一六円から仮受金一〇八万五四六四円を除した金額)、仙台ビル分が八三三六万八六一二円(平成八年九月分から同年一二月分までの賃料等の合計額)で、両ビル分合わせて九七八九万四六六四円となる。

右各主張及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告らの未払賃料等に関する主張の食い違いは、主として、平成六年八月分から同年一一月分までの本件各ビルの賃料が、支払を猶予されたままであるのか平成六年一二月以降の支払分から既に充当されているのかについての認識の相違に起因すると考えられる。

ところで、被告らは、平成六年八月分から同年一一月分までの本件各ビルの賃料の支払が猶予されたと主張するものの、いつまで猶予されたのかが被告らの主張自体からも明確でない。このことと、弁論の全趣旨により認められる原告の賃料等の計算関係の正確さを合わせ考えると、平成六年八月分から同年一一月分までの本件各ビルの賃料について、同年一二月以降の支払分のうちいずれが弁済に充当されたのかは証拠上明瞭でないが、原告が保全管理人に対して内容証明郵便を発した平成九年二月三日までには、既に支払済みの処理が適法になされており、平成八年一二月分までの本件各ビルの賃料等の未払の額は、平成九年二月三日の時点においては、原告主張のとおりとなっていたものと認めるのが相当である。

したがって、平成八年一二月末日までの本件各ビルの未払賃料等の額は、鹿児島ビル分が一五六一万一五一六円から仮受金一〇八万五四六四円を控除した一四五二万六〇五二円、仙台ビル分が八三三六万八六一二円で、合計九七八九万四六六四円であると認められる。

二  本件各ビルの賃貸借契約の解除の成否

法華倶楽部が平成九年一月二六日に京都地方裁判所に会社更生手続開始の申立てを行い、同日付けで、一月二六日までの原因に基づいて生じた債務の弁済を禁止する旨の保全処分が命じられたこと、原告が平成九年二月三日、保全管理人に対し、内容証明郵便で、鹿児島ビルの平成八年一一月分ないし平成九年一月分賃料等及び仙台ビルの平成八年九月から平成九年一月分の賃料等を右各書面到達後一五日以内に原告に支払うよう催告し、右期間内に支払がないときは本件各ビルの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、並びに右各書面が平成九年二月四日に到達したことは当事者間に争いがない。

ところで、会社更生手続開始の申立てのあった株式会社に対し、会社更生法三九条の規定により、いわゆる旧債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは、これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、その後に右旧債務に属する未払賃料等の支払を求める催告があったとしても、会社はその債務を弁済してはならないのであり、したがって、会社が右催告に応じて賃料等の支払をしなかったとしても、右賃料等の不払については違法性がないものといわなければならない。そうすると、保全管理人が原告からの催告に係る賃料等の支払をしないことを理由としてなされた本件各ビルの賃貸借契約の解除の意思表示によって、契約解除の効果は発生しないものというべきである。

もっとも、旧債務弁済禁止の保全処分が命じられる前に、既に賃料の不払が賃貸借契約上の信頼関係を破壊する程度に達していた場合には、保全処分前に賃貸借契約の解除権が発生していたことになるから、賃貸人は賃借人である会社ないしその保全管理人又は管財人に対し、契約解除の意思表示をすることにより、賃貸借契約を解除することができる。しかし、本件においては、原告から右無催告解除の主張はなく、また、前記認定の本件各ビルの賃料の不払の期間及び弁論の全趣旨から認められる平成六年八月分から同年一一月分までの本件各ビルの賃料の支払をめぐる経緯からみて、無催告解除の要件が具備しているものとは認めがたい。

旧債務弁済禁止の保全処分が命じられた後に、新たに賃料の不払が生じた場合には、賃貸人は賃借人である会社ないしその保全管理人又は管財人に対し、契約解除の意思表示をすることにより、賃貸借契約を解除することができる。しかし、本件においては、右要件を満たす事実も存しない。

原告は、本件各ビルの借家権は事業の継続維持のために必要な財産であるから、保全管理人は会社更生法の目的に従い職務を執行すべきであり、そのために金銭の支払が必要であれば裁判所に対して許可を求めればよいのであるから、原告の賃料等支払の催告は有効であると主張する。しかし、保全管理人が裁判所に対して旧債務弁済の許可を求めることができるとしても、それを理由として、弁済許可のない会社の未払賃料の支払の催告によって、原告に賃貸借契約の解除権が発生するものということはできない。

したがって、原告の本件各ビルの賃貸借契約解除に基づく建物明渡請求は理由がない。

三  更生債権確定請求について

原告が主張する更生債権は、本件各ビルの賃貸借契約解除に基づく損害賠償請求権であるが、前記のとおり右賃貸借契約の解除は認められないから、右解除に基づく損害賠償請求権は発生しない。したがって、原告の更生債権確定請求も理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官永井秀明 裁判官瀬戸さやか)

別紙物件目録<省略>

別紙届出債権目録<省略>

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